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江戸川簡易裁判所 昭和50年(ハ)93号 判決

原告 佐久間隆雄

右訴訟代理人弁護士 人見哲為

被告 関谷豊吉

主文

1  原告から被告に対し賃貸中の別紙目録(二)記載の建物の賃料は昭和四八年一〇月五日以降一か月金三〇、〇〇〇円であることを確認する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は二分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

主文第1項中の賃料額を一か月金七八、〇〇〇円とすること、同第2項を除き、同第3項は訴訟費用は被告の負担とするほか主文と同旨。

二、被告

原告の請求棄却の判決を求める。

第二、当事者の主張

一、請求の原因(原告)

1  原告は昭和二一年一〇月一日訴外八木沼武から所有の別紙目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を含む同目録(一)記載の建物を買い受けて所有し、当時本件建物を賃借中の被告に対する賃貸人の地位を承継した。

2  右承継当時本件建物の賃料は月額金四四円であったが、順次改定されて昭和三〇年一月から月額金一、五〇〇円となり、その後賃料値上げ等について当事者間に紛争が生じ、被告は昭和三四年四月分から月額金一、五〇〇円を、同三六年八月以降月額金五、〇〇〇円の割合で弁済供託中である。

3  本件建物は、国電小岩駅南口駅前通りに面する繁華街に所在し、被告は本件建物を使用して鰹節を主とする海産乾物類の販売を営んでいる。

4  したがって、昭和四八年八月の時点において右の賃料額は著しく低廉に失し、一か月金七八、〇〇〇円が相当である(後記甲第一号証記載参照)。

5  そこで原告は被告に対し、昭和四八年一〇月四日到達の書面をもって同年一〇月分以降の賃料を一か月金七八、〇〇〇円とする旨の増額請求をした(なお、当事者間には江戸川簡易裁判所昭和四五年(ユ)第三五号建物明渡調停事件の係属中にも原告は賃料の増額を申入れたが、被告は応じないため、右事件は昭和五〇年七月二一日調停不調で終了した)。

6  よって、原告は本訴において前記申立のとおり確認を求める。

二、請求原因に対する答弁

1  認否

1項ないし3項は認める。4項は否認する。5項のうち原告主張の書面が到達したこと及び原告主張の調停事件が係属したこと(但し係属中賃料増額請求のあったことを除く)は認め、その余は不知。

2  主張

(一) 本件建物は原告使用の建物との一棟二戸建の一戸であり、被告は昭和九年本件建物の前賃借人からその賃借権の譲渡を受けて(譲渡権利金を支払い)入居し、爾来約四〇有余年の間営業を継続しているが、その間商店街の発展のための諸費用を投じてきたものである。

(二) 原告は被告不知の間に右建物(二戸建一棟の)を前所有者から買い受けて賃貸人の地位を承継した後、同人使用の建物は何回も修理、改造、模様替をしながら本件建物は雨漏りの修理もせず、被告の費用負担においての修理まで差止めながら賃料のみ多額の増額(被告の近所で新規賃貸借の場合の賃料より高額)を請求するため、これに応じなかったところ、原告は被告が営業用必要な機具を購入することにまで反対し、被告に対し何回も「建物修理を禁止する」旨の書面を発する等の嫌やがらせ的態度に出、暗に建物の老朽化のための居住困難による自発的な明渡を期待しているものと考えられるのである(その結果被告の家族のなかには精神的苦痛から精神病院に通院する者も出ている状態である)。

(三) 本件建物は地代家賃統制令によるいわゆる併用住宅(一階店舗部分が二一・四五平方メートル、その余の居住用部分が九九平方メートル以下)であるから、右統制令の適用を受けるものであるが、被告は右統制額を固執するものではなく、原告が前所有者のように本件建物の修理を認め、賃料額も一方的要求とせず、双方話合で協定するのを要望するものである。

三、被告主張の反論(原告)

1  被告主張(一)につき、被告の入居事情は不知、その余は認める。

2  同(二)につき、原告が使用店舗の修理等をしたこと、被告に対し賃料増額を申入れて拒否されたこと、無断増改修の禁止を申入れたことは各認める。その余は不知。

3  本件建物が地代家賃統制令の適用あることは否認する。仮に、右適用があるとしても、裁判により適正賃料を定める場合は同令の拘束を受けないものと解する(最高裁一小、昭和五一年六月三日判決参照)。

第三、証拠《省略》

理由

一、当事者間に争いのない事実

請求原因第1ないし第3項および同第5項中「賃料増額請求」の点を除くその余の事実、原告は前記建物の所有権を取得後原告使用の店舗の修理等をしていること、本件建物の無断増改修を禁止したことは当事者間に各争いがない。

二、当事者間の紛争の経緯について

1  《証拠省略》を総合すると、本件建物を含む別紙目録(一)記載の建物は昭和八年ころ新築された木造の一棟二戸建の店舗付住宅であり、原告は同年九月ころ公道から向って右側の一戸を賃借してパン類の製造販売業を営み、被告は翌昭和九年一〇月に左側の一戸を前借人から借家権の譲渡を受けて入居し、鰹節等の海産乾物類の販売を業としてきたものであること(被告の営業については当事者間に争いがない)。

2  被告は当初賃料は一か月金二二円で賃借していたが、原告が右建物を買い受けた昭和二一年一〇月ころは月額金四四円であり、その後翌二二年九月からは月額金一〇〇円に、同二四年二月からは金二〇〇円に、同二五年八月以後一挙に月額金八三〇円に値上げとなり、さらに、翌二六年一〇月から月額金九〇〇円に、同三〇年一月以降月額金一、五〇〇円に値上げとなり(甲第一号証の記載)、その後昭和三四年四月ころから当事者間に賃料の値上げ等につき紛争が生じ、被告は同月分以降月額金一、五〇〇円を、同三五年六月原告から賃料月額金一〇、〇〇〇円に増額する旨の書面を受領した後の同三六年八月分以降月額金五、〇〇〇円の割合で弁済供託を続けて今日に至っていること(右賃料の供託については当事者間に争いがない)。

3  なお、弁論の全趣旨を前記証拠に併せ考えると、右賃料値上げの紛争については、わが国経済は終戦直後の疲弊から徐々に立直りつつあって本件建物付近の各商店も外観上の体裁を整えるため何回か店舗の模様替、修理等を行って街の美観を整えて(後記検証時は歩道にアーケードを設置して降雨時も傘なしに歩行可能とされ、車道寄りに花壇を設け、花が植えられていた)商店街としての発展に努め、原告は何回も店舗の模様替、修理等をしたが、被告に対しては一切それらの修理等を禁じ、甚しくは雨漏り箇所の修理をも差止める状態であったこと、被告は建物が後記のように老朽化しているので修理や店舗内の模様替等を欲しながら原告から容れられずに賃料の増額請求のみあること、(修理、模様替の費用の負担については別途協議して決定することも可能であろう)に反感を持ち、原告は被告が賃料の増額を渋りながら修理を要求することに反発して互に感情的に対立するに至ったものと推察される(なお、被告は激し易い性格であるように感じられ、甲第一号証(昭和四八年九月三井信託銀行不動産部の不動産鑑定人鶴田弘徳作成にかかる本件建物の鑑定書)の記載によれば、本件建物は昭和八年ころ建築した木造二階建の二戸建の一戸で建築後約四〇年経過していて全体的に老朽化し、市場価値はほとんど認められないことが認められる)。

三、本件建物に対する地代家賃統制令(以下単に「統制令」と略記する)適用の有無について

1  本件建物は統制令第二三条所定の「店舗兼居宅」の併用住宅であることは当事者間に争いないが、同令施行規則第一一条に定める本件建物の「事業用部分」について争いがあるので判断する。《証拠省略》を総合すると、本件建物は階下部分が三三・一八三平方メートル(内西側の五・七五一平方メートルの炊事場等に使用部分は被告の造築したもの)のうち、一三・六八平方メートルの部分は土間の店舗であり、その西側の板の間一〇・七九一平方メートル(右土間部分とほとんど等高)は、土間に続く約七・〇七六平方メートル部分は検証時商品包装用品(ボール箱等)が置かれてあって店舗の一部として使用されているが、その西側(炊事場に続く部分)三・七一五平方メートルとの境には北側部分を板(巾一・八メートル)で仕切り、その西側に食器戸棚を反対側(南側)に冷蔵庫が置かれてあって北側台所と共に家族の休憩用居間に利用し、二階二六・四二平方メートル部分はタタミの居間で寝室として各使用していること、階段は前記板の間の東北隅に設置されてある状態であることが認められる。

2  したがって前記「事業用部分」の範囲は右土間の部分と板の間のうち、土間に続く七・〇七六平方メートルの部分で前記施行規則一一条所定の二三平方メートル以下であり、居住用部分は九九平方メートル以下であることが明らかであり、本件建物の賃料には統制令の適用があるというべきであるから、この点に関する原告の主張は採用することはできない。

3  そこで原告が被告に対し賃料の増額請求をした昭和四八年一〇月当時の本件建物の統制賃料は、次の算式による「純家賃額と地代相当額」の合計額となる。

(一)  純家賃額(月額)

(当該年度の登録価格)×18.24/1000+(当該年度の固定資産税+同都市計画税)×1/12×賃借床面積(59.50/117.34)=353,300円×18.24/1000+(4,940円+700円)×1/12×59.50/117.34=5,106円

(二)  地代相当額(月額)

(当該年度の固定資産課税標準額)×50/1000+(当該年度の固定資産税+都市計画税)×1/12×(賃借建物の敷地割合)

本件建物敷地は18.77m2(1802番-2)と62.08m2(1803番)の両地に跨り,区別不明のため一括合算すると

故に,統制賃料額は30,579円となる。

但し,大沢鑑定人の鑑定による純家賃の計算は,昭和51年度以降の方式によるもので誤りと解する。

四、本件建物の昭和四八年一〇月当時の適正賃料について

1  被告は前記認定のとおり昭和九年一〇月以来本件建物を賃借居住し、その後昭和三四年四月ころから原告との間に賃料増額(当時月額金一、五〇〇円)等に関して紛争が生じて同月分以降の賃料を従前の金一、五〇〇円、さらに昭和三六年八月分以降は月額金五、〇〇〇円の各割合で弁済供託を続けているのであるが(供託については当事者間に争いがない)右供託中の賃料額が昭和四八年一〇月当時においては著るしく低廉であり不相当であることは、前記統制額と比照しても明らかであるから原告の本訴増額請求には理由がある。

2  次に、原告は本件建物は統制令の適用がなく、仮に適用ありとしても同令第一〇条は「裁判、裁判上の和解又は調停によって地代又は家賃が定められた場合には、その額をもって認可統制額とする」旨を定めているのである、したがって「裁判による場合は統制額を超えてでも適正な賃料額を定めることができる」とするのが判例(最高裁昭和五一年六月三日第一小法廷判決参照)であり、本件の場合は甲第一号証による月額金七八、〇〇〇円が右の適正額である旨主張するので以下に考察する。

3  前記甲第一号証の記載によれば、昭和四八年八月三一日時点における本件建物の適正賃料は一か月金七八、〇〇〇円を相当とする旨評定し、その根拠としては、本件建物敷地の基礎価格を試算し(付近地の公示価格を参照)それに六%の期待利廻り(建物の場合一〇%の利廻り)を乗じた額に必要諸経費を加算して算出し、建物については前記のとおり「老朽化して市場価値はほとんど認められない」としながら、基礎価格を金一七八、五〇〇円とし(理由は示していない)いわゆる積算方式と付近建物の賃貸事例比較法による価格を参照しているのであるが、公示価格は本件建物より国鉄小岩駅に近い最も繁華性ある場所で、単価は一平方メートル当り七八〇、〇〇〇円であるとしているのに、本件建物敷地の更地価格を一平方メートル当り七九二、〇〇〇円と一平方メートル当り一二、〇〇〇円も高価にしていることは合理性に乏しく、(なお、同証によれば本件付近の地価水準を一平方メートル当り七五〇、〇〇〇円ないし八五〇、〇〇〇円と試算しているが、大沢鑑定書によれば六〇〇、〇〇〇円ないし六五〇、〇〇〇円とあり、その相違についての大沢証人の証言によれば前者は地価狂乱の時代であり、その後鎮静し、現在は後者を妥当としていることが認められる)、更に甲第一号証は採用した賃貸事例の建物はいずれも鉄筋コンクリートの三階ないし五階建の店舗建物であって本件建物と同種の建物ということはできず、元来比較するには不適当であるのみならず、比較事例の対象としたA店舗(三階建)は鶴田証言によれば昭和四五年新築というのであって比較する場合は相当修正を要すべきであると考えられるのにこれらの点について考量している形跡は認められない。なお、本件建物の賃貸借は昭和二一年以前であるのに前記統制令の適用の有無についても何ら考慮がなされず、極めて形式的な鑑定で同鑑定の結果はたやすく採用することはできないものと解される。

4  次に、鑑定人大沢清の鑑定方式も甲第一号証と同様(各試算価格には差異があり、付近の更地価格、取引事例比較による比準価格、収益価格、公示価格、東京都の基準価格等を参照している)積算方式及び賃貸事例比較方式(事例は木造建物の賃料について記載してあるが、建物の建築時及び賃貸借の始期の記載なく、したがってこの点について本件建物の賃料決定には修正を要するものと解せられるが右修正はなされていない)を採用して昭和四八年一〇月一日の本件建物の賃料を一か月金五〇、五一五円と評定しているのであるが、右金額は積算賃料、比準賃料、統制賃料の平均値であることに疑問が残るのみならず、比準賃料の試算方法についても疑問があり(これらの点について原告代理人と大沢鑑定人(証言)との間で質疑応答あり)、右鑑定結果を全面的に妥当であるとすることはできず、これまた採用するに疑問なきを得ないのである。

5  ところで本件建物の賃料は前記二、の2記載のとおり原告が建物の賃貸人の地位を承継した昭和二一年一〇月から昭和三四年四月ころ賃料値上げ等に関し当事者間に紛争が生じるまでは、賃料も承継当時の月額金四四円から双方話合のうえ順次増額され昭和三〇年一月以降は月額金一、五〇〇円となって被告は毎月原告に支払っていたが、その後両者間に紛争が生じて被告は弁済供託するに至り、原告は昭和三五年六月書面により同月分以降の賃料を月額金一〇、〇〇〇円(従前賃料の六・六倍余に相当する)に増額請求し、被告は右請求を不当として従前どおりの額を供託していたが、翌三六年八月以降は自主的に月額金五、〇〇〇円を相当として弁済供託していることは認定のとおりであり、右原告の増額請求金額が果して相当であるか否か資料がないので容易に断じ難いところであるが、当時は終戦直後のインフレも鎮静化し、わが国経済も安定に向い、地価と地代、家賃の急騰現象が一般に生じていないことを考えると(その後国土の総合開発計画発表後地価が急騰した昭和四八年以後を除く)、後記のように仮に毎年一五パーセント増額したものとした場合昭和三六年は月額金三、九九〇円となり、被告が供託した月額金五、〇〇〇円は右額を上廻り、昭和三〇年一月から同三六年八月までの六年余の間に三・三倍余の増額に相当する額であり、必ずしも右額が低額に失するとは言えないと思料される(ちなみに、原告本人の供述によれば、原告は昭和二一年六月前記原、被告使用の建物を金六万円か七万円で購入し、その後昭和二四年三月右建物の敷地を代金二一、〇〇〇円で購入し各所有権を取得していることが認められる)。

6  したがって被告が自主的に供託した月額金五、〇〇〇円を当時の相当賃料額とみなしてその後スライド方式により毎年一五パーセントの増額があったものとした場合の昭和四八年の賃料は月額二六、七五一円となり、昭和三六年から同四八年までの一二年間に五・三五倍の上昇となり、これを東京都経済局経済統計課調による東京都区内の民営家賃の指数は昭和五〇年を一〇〇とする場合昭和三五年は三三・〇、昭和四八年は八三・三であり、また、総理府統計資料による一般勤労者の所得指数は昭和三五年を一〇〇とした場合の昭和四八年の指数は五四三・一であることが認められ、その上昇率はいずれも五倍内外を示しているからこれと比照しても右スライド方式による賃料が前記鑑定結果より妥当なものと解されるのである。

7  なお、前記原、被告各本人の供述に弁論の全趣旨を併せ考えると、原告は被告を相手方として昭和四五年本件建物の明渡について調停申立をし、昭和五〇年不調で終了(当事者間に争いがない)するまでの間においても原、被告各本人の供述によれば原告から賃料増額の申入があったが妥結するに至らなかったことが認められるが(右申入の時期は不明であり、原告の主張もない)、被告はそれ以後も従前どおり月額金五、〇〇〇円の割合により供託を続けていたこと(当事者間に争いがない)、したがって昭和三六年八月からの一二年余の間少しも増額していないということは原告にとっては相当の収入減となり(もっとも、被告としても事実上本件店舗の模様替、修繕等の禁出による精神的苦痛のあったことも推認され、双方のために不幸であったと考えられる)、更に、前記統制額その他諸般の事情を参酌考量して本件建物の昭和四八年一〇月当時の賃料は一か月金三〇、〇〇〇円をもって相当とし、同額は前記統制賃料の範囲内であるから、これを超える場合の判断が不要であることはいうまでもない。

五、結論

ところで、原告が被告に対し、本件建物の賃料増額の請求をしたのは《証拠省略》によれば昭和四八年一〇月三日付内容証明郵便によるものであり、同書面が被告に到達したのは翌同月四日であることが認められるから、右請求により形成される増額賃料は同月五日以降の分について生ずることはいうまでもない。したがって原告の本訴請求中右限度においては正当であり理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、同第九二条、同第九五条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤眞)

〈以下省略〉

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